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東京23区くじ引きツアー【9】

前回までのあらすじ
 上野なんて、とどのつまりはメロンパンさ。


上野と、浅草。
この『台東区』が、いや『世界』が誇る観光地をはしごすることになった我々。今回のツアーが始まって以来のまともな観光っぷりである。思わず、「うちらがこんなまともな観光しちゃっていいんですか!?」などと自問自答しそうになってしまうぐらいだ。

思い返せば、そういう一種の被害妄想的な自問自答をしてしまうぐらいに、今までの大阪兄弟のくじ運はまぁとにかくひどかった。
どれぐらいひどかったかというと、高倉仮面氏が大阪兄弟に向かってこう吐き捨てるぐらいである。

高倉「観光は『知力』『体力』『時の運』、くじ引くのも『知力』『体力』『時の運』。
    …お前ら、アタマ悪いんじゃないのか!?」
次男「何だとっ!?」

くじ運が悪いのは、大阪兄弟のアタマが悪いからだと言い切る高倉仮面氏。
これまたとんでもない言いがかりである。しかし、それを全力で否定しきれない大阪兄弟。
いいくじを連続で引き続けない限り、彼らには、明日はないのだ。


東洋初の地下鉄は、この上野-浅草間にできたのだそうだ。
そんな歴史を持つだけあってなのか、この日の地下鉄銀座線・浅草行きはいかにも「観光客です!」という風体の人々でごった返していた。
ちょっと電車に揺られていると、あっという間に終点『浅草』に到着である。

薄暗い地下道を抜けて地上に出ると、日の光がまぶしい。
思わず目を細めながら辺りを見回すと、比較的新しい浅草のシンボルである『それ』は、階段を出て左手方向にあった。

たい「ほら、あれが『うんこビル』だよ」
長男「おぉ、あれが!」

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やっぱり、何回見ても、どう見ても『うんこビル』である。
実はれっきとした『アサヒビール吾妻橋ビル』という名前があるんだが、どうにもあのカタチの方のインパクトが強くていけない。テーマは『金色の炎』だというなら、せめてもうちょっとどうにかならなかったのだろうか。

それにしても浅草というところ、地上に上がるとそこはもう人、人、人だ。
満員電車よろしくごった返す大勢の人の隙間を抜けるようにして歩き、「人力車いかがっすか~!」という勧誘をかわして『雷門』に辿り着く。その間、距離にして約50mもないだろうに、軽く半日分の体力ぐらいは使い果たしてしまうんではないかとさえ思ってしまうぐらいの混みようだった。


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さっきの『うんこビル』が浅草の新しいシンボルであるならば、この『雷門』は浅草の"由緒正しい"シンボルであろう。さすがに、写真を撮っている人の数は『うんこビル』の比ではない。我々も『雷門』をバックに集合写真を、と思ったが、とても落ち着いてポージングを考えたりして撮れるような状況ではなかった。
それに加え、ここに到着するちょっと前に、

たい「ひとつの区で集合写真は2回撮っていいんですか?」
高倉「じゃあ、さっき撮った西郷さんの写真は消去だな」
全員「えぇぇぇぇー!!!!!」

などという恐ろしいやりとりも行われていたため、結局集合写真は諦めてそのまま奥の方へ向かうこととなったのだった。

雷門をくぐってすぐ、『浅草寺』の方へ向かってまっすぐ『仲見世』が延びている。ちなみに、『仲見世』とは、神社・寺の境内にある商店街のことなのだそうだ。

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いろいろ話しているうちに、実は長男くんは『寅さん』好きらしいということが判明した。そのせいか、どうやら「浅草と柴又は似たような雰囲気」だと思い込んでいたようである。
しかし、現実を知らないというのもいささか可哀相なものだ。ここで急遽、我々東京組は『浅草と柴又の見分け方講座』を開催する運びとなった。

そもそも浅草というのは、上野よりもさらに歴史の古い街である。ざっと遡ること1400年ほど前、なんと推古天皇の時代から宗教的な土地として栄えていたんだそうな。それが江戸時代になり、文化の発信地や歓楽街という顔もを持つこととなったらしいのだ。近代文明の発達した今は新宿や渋谷に"歓楽街"としてのお株は奪われてしまったが、まだまだ街全体が遊び場として機能しているのである。
それに比べて柴又はまだ歴史が新しく、柴又帝釈天が建立されたのは室町時代か江戸時代とのことだそうだ。有名になったのは『寅さん』シリーズのおかげなのである。現在は、帝釈天参道を除くと、あの辺りはただの住宅街に過ぎないのだ。

とまぁこんな講釈をたれながら奥の方へと進んでいくわけだが…
もう何回言ったかわからないが、とにもかくにも人だらけなのである。この『仲見世』、商店街じゃなくて、実は浅草寺へと向かう満員の"動く歩道"なんじゃないかという錯覚すらおぼえるぐらいだ。


人と人の隙間から、かろうじて売っているものが見える。
人形焼きとか扇子とかTシャツとか、

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こんなのとか。

いったい誰の趣味なんだこれは。
きっと、こういうのを見た外人なんかが、誤解して「Oh!ゲイシャ!ハラキリ!」とか言ってしまうんだろうなぁという気がする。


仲見世を抜け、『浅草寺』の境内へと突入していく。
本堂に着くちょっと前のところには、名前がよくわからないがお香のようなものが焚いてあって、煙をかぶるところがある。自分の体の悪いところに煙を手でかけるとよくなると信じられている、寺なんかではお馴染みのヤツだ。
当然、我々もそれをやることになった。

吉田「ちゃんと悪いところにかけないとね」
たい「オレ頭悪いから、ぐぁーってかぶっとかないと」
長男「風下にいたら全身にかかるんじゃないですかねぇ」

などと言いながら、みんな思い思いのところに煙をかける。
このとき、高倉仮面氏がこっそりと股間に煙をかけていたのは内緒である。

そして、本堂でお参り。
僕の賽銭の金額は、もちろん45円。「始終ご縁がありますように」というヤツだ。
しかし、賽銭を投げ入れてから、願い事を考えていないことに気づいたのだった。寺にお参りするのに願い事考えないヤツがいるか!と言われてしまいそうだが、実際そうだったんだからしょうがない。
仕方がないので、アドリブで祈る。

「えーっと…とりあえず、健康で過ごせますように!」

適当だ。
我ながら、適当すぎる願い事である。
適当すぎてバチが当たりませんようにと、再度心の中でそっと祈った。
でも、寺社仏閣にお参りするときに、願い事なんかは適当で、形式だけでなんとなくお参りしてる人ってのが実はかなりの数いるんじゃないだろうか。こんなことを、この記事を書きながら、ふと思った。


本堂に向かって左手へ進み、あんず飴やらベビーカステラなどを売っている屋台の並びを抜けたところに、いくつか碑のようなものが立ち並んでいた。それらの中でひときわ大きい碑の前で、吉田氏が口を開く。

吉田「長男くんと次男くんの2人には、どーしてもコレを見せたかったんだよ」

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喜劇人の碑』とある。日本の芸能文化発祥の地である浅草。そこでかつて活躍し、人々に笑いと喜びを与えてくれた喜劇人たちに感謝の意を表した碑なのだそうだ。バリバリの関西人である大阪兄弟には、その気持ちを忘れずに立派に芸を磨いてほしい、との吉田氏の計らいであった。
確かに、僕もそう思って止まない。だって、彼らのくじの引き方は、奇劇的か悲劇的というのがいちばんふさわしいのだから。


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そこから『花やしき』横を通過し、『浅草演芸ホール』や『浅草ロック座』、『ウインズ浅草』などが立ち並ぶ、浅草六区のメインストリートへ。
メインストリートといっても、先ほどの『仲見世』のところで書いたように、どうにも寂れてしまった感があるのは否めない。この浅草六区、昔は劇場や映画の中心地として名を馳せていたらしいのだが、テレビ文化の台頭により若者の劇場や映画離れが起こり、この区域もだんだんと廃れていってしまったのだそうだ。閉館した劇場や映画館などがそのまま廃墟となって残っているところもある。昭和の雰囲気を残した街並みというよりは、「時間の流れが昭和で止まってしまった街並み」と言った方がわかりやすいかもしれない。この雰囲気が逆に観光客を惹きつける理由の一端になっているんではないかとも思うが、なんとも皮肉なことである。

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通りに入ってすぐのところには、『スマートボール』の店がある。

吉田「オレ昔すごかったんだよ? ジャンジャン出まくってもーう大変だったんだから」

以前、この店には吉田氏と次男くんの3人で入ったことがあったが、残念ながらその「すごかった」シーンにはまだお目にかかったことがない。じゃあバリバリと出してくれるところを見せてもらおうじゃないか、ということで中に入ろうとしたんだが…。以前来たときは閑古鳥が鳴いていそうだったあのスマートボール屋が、信じられないことにものすごく混んでいたのだ。なんと立ち待ち客すら出る始末である。どうしようかと迷っていたら、さらに2~3組の家族連れがぞろぞろと入っていくではないか。
さすがに我々も、並んでまでスマートボールをしようという気にはならなかった。仕方なくスマートボールは諦め、先へ進むことにした。

ふと、ひときわ目を惹くレトロな看板を見つける。洋食屋の『リスボン』だ。

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歩いているとき、吉田氏は、しきりに「ここのマカロニグラタンが食べたい!」と言っていた。確かに、この雰囲気のせいか、なんだか味もおいしそうな感じがする。
だが、このときの時刻は午前11時。1時間前に上野で食べたメロンパンが、まだ消化しきれていないのも当然のことであった。

「食べたいけど…腹減らないねぇ…」

妙なジレンマにかられる一行。
仕方なく、腹ごなしにもうしばらくうろうろすることになった。

そんな我々が腹ごなしの場所に選んだのは、六区から徒歩5分、創業文久元年『宮本卯之助商店』の4階にある『太鼓館』である。ここは、約180点の世界各国、さまざまな時代の太鼓が展示してあり、一部貴重なものを除いては実際に叩くことができるのだ。入館料300円で叩き放題時間つぶし放題という、まさにパーカッショニスト垂涎の太鼓博物館なのである。

入館料を払い、エレベーターで4階へ。
僕はちょっとここでトイレに行ったんだが、戻ってくると何やら口論が始まっている様子である。

「放せ! このバチはオレが使う!」
「いーや、オレが叩く!」
「いやいやいやオレが!」

なんと、残りの4人で、オレがオレがと言いながら太鼓とバチの奪い合いが始まっているではないか。たまらず、太鼓のバチを貸し出してくれた館長のおばさんが割って入る。

館長「ほら、ケンカしないの!いい!?」
4人「はぁーい」

いい歳して、ホントにどうしようもない人たちだ。

さて、ここは叩き放題ということで、やはり実際に太鼓を叩いて楽しむのがいちばんである。
パーカッションも嗜んでいる吉田ナゴヤ氏と、いちおうドラムをかじっている僕とがリズムを合わせて適当に叩き始め、楽器初心者である高倉仮面氏と大阪兄弟も近くの太鼓を適当に合わせて叩く。そこには初心者と経験者の垣根などなく、気づけば全員で同じテンポでビートを刻んでいるのである。こういう即席セッションが簡単にできるところが、この『太鼓館』の最大の魅力であろう。
結局、1時間ほどここで過ごしただろうか。とにかく、みんなで心ゆくまで楽しんだのである。
ひとつだけ心残りな点を挙げるとすれば、スチールドラムで『きょうの料理』のテーマを演奏し忘れたことぐらいだろうか。


『太鼓館』を出ると、時刻は昼の12時。
さすがに胃袋はメロンパンを消化しきったようで、そろそろ昼ごはんの時間だと告げている。いろいろ相談したのだが、結局、先ほど来た道を戻りがてら食事処を探し求めてぶらぶら歩くことになった。

まずは、通りかかったすき焼き屋の老舗、『浅草今半 オレンジ通り店』のメニューを見てみる一行。2号店の売りはステーキ丼らしいのだが…お値段、なんと2,625円である。思わず全員で絶叫してしまった。「バカ高ぇー!!!」 我々の財布では太刀打ちできるわけもなく、あえなく撃沈である。
そこからちょっとのところの柳川鍋の老舗『どぜう飯田屋』も、昼飯にしては微妙に高い。
それならばきっと六区の方が安いだろうと思って戻ると、なんとさっきは空いていた『リスボン』に行列ができているではないか。なんだか、マカロニグラタンがすーっと遠ざかっていくのが目に見えるようだった。さっき無理してでも食べときゃよかったと思ったが、それはもう後の祭りであった。
さらにいろいろ探し回ったが、元祖"デンキブラン"で有名な『神谷バー』も、天麩羅屋の老舗『大黒屋』も、名前を忘れたがあと1軒立ち寄った洋食屋さんも、通る道のそこかしこの店全てに大行列ができているのだ。

もう、浅草で昼ごはんを食べるのは無理だ───。
そんな空気が、我々一同の間に流れる。
「浅草には食事処の名店が数多くあるので、やはりどうしても昼メシは浅草で食べたい」と口を開くたびに言っていた高倉仮面氏と吉田氏ですら、もう諦めの境地に入っていた。

こうなれば、我々に残された選択肢はひとつしかない。
そう、「くじを引いて他の区に脱出し、そこでうまい食事処を探す」。それだけだった。

次にくじを引くのは、前日にあの"悪魔の右手"で『足立区』をツモってきた次男くんである。

たい「こういうときに限って『新宿区』とか面白味も特にないようなとこ引いちゃうんじゃないの?」
次男「いやいや、それはどうかな?」




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…だから、なんで事前に「ここはつまらない」「ここだけは引くな」と言ったところを確実に引いてくるんだろうか。それが不思議で仕方がない。
この能力、きっと何か別の素晴らしいことに活かせるんじゃないかと思ったのは、僕だけではないはずだ。

引いてしまった以上は、そのくじが『紙様』もとい『神様』なのは、すでに皆様もご承知の通りである。
我々はお告げに従い、『新宿区』へと向かうことになった。

せめて、浅草を脱出する際に水上バスを使おうという案もあったのだが、水上バス乗り場に行くと、そこはまるでディズニーランドのアトラクションかといわんばかりの混みようであった。思わず、全員で「ぎぇー!!!」と声を上げてしまったぐらいである。

ここで、我々はようやく、なぜ今日はこんなに浅草が人でごった返しているのかという理由に気がついた。
そう、この日は、5月4日。ゴールデンウイークの真ん中のさらにど真ん中である。おまけに天気もよく、全国各地から大勢の人が浅草に押し寄せてくるのには絶好の日だったのだ。そりゃあれだけの人がいて当然、というヤツだ。
だが、そこまで考えが及ばないくらいに、みんな疲れが溜まっていたのである。

「よくよく考えれば当たり前だよなぁ…」と漏らす吉田氏。
「あぁ、浅草でメシ、食いたかったなぁ…」という高倉仮面氏のつぶやきにも、もはや力がなかった。

疲れた表情の我々一行を乗せ、地下鉄銀座線は『浅草』を出て『神田』へと向かっていく。


つづく。

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Comments

新宿・・・夜なら都庁からの夜景がお薦めですけどねw

しかし、、お疲れ様です。。
毎回、、日記を読ませて頂くけど・・・・
ほんとによく書くなぁ~~と関心しちゃいます♪

では、、新宿区編を楽しみに待ってまぁーす(*^ - ^*)

Posted by: neena | June 05, 2005 at 12:31 AM

毎度毎度の超大作、お疲れさまです。
台東区には縁のなかった私には「へぇ」の連続でした。
今までとは180度方向転換して、しっかり観光客然とした感じだったんですねw

次の新宿…
中高大院と12年間新宿区に通われた、たいさんがどうナビゲートされたのか…
次も楽しみにしてますw

Posted by: お茶な後輩@元大田区民 | June 05, 2005 at 12:59 AM

冒頭の捨て台詞。
めちゃイケの「数取団」のナレーターに
読ませたい。

私はこの3月の東京上陸時に、
『神谷バー』の前で入り口で15分ほどウロウロ
と悩み、一人で入るのを断念。

「うんこ」も「マネキン」も
しっかり撮影して帰りました。

行ったことがある場所が登場すると
嬉しいもんだな~

Posted by: fanshen | June 05, 2005 at 08:11 AM

さすが引くなと言うと必ず引いてしまう黄金の右^^;

心残り(昼食)はあるとしても台東区はかなり満喫できてるね
太鼓館があるなんて初めて知ったし

次の新宿区は面白みが無いって書いてあるけど、
このメンバーなら"そんなことは無い"って気にさせてくれるから不思議w

Posted by: いとしゅん | June 07, 2005 at 03:22 PM

何年か前、とある国の白人男性と秋葉、浅草めぐりしたのですが、
見た時の『おぉ!ウンコ~!(爆)』は万国共通みたいっすよ!
外人なのでウンコとダイレクトには日本語で言わないですが・・・
外国語でウンコって言ってんのかな?
みたいなニュアンスの笑い方でなんかジェスチャーして喜んでたわ(?)

Posted by: かなぶん | June 09, 2005 at 04:19 PM

ぐぁー。またコメントの返信遅くなっちまいました。すんませんm(_ _)m

>neenaさん
確かに夜景も見たいなぁと思ってたわけですよ。
それも、夜に『新宿区』を引けばって話なわけでしてね…
文章量はだんだん多くなっちゃって、自分でも引っ込みついてません(汗)

>お茶くん
詳しいことはプライバシーにアレするんで書きませんが。
新宿区通い、実は中学以来今年で17年目なんすけど…

>fanshenさん
なんだ、誘ってくれれば行ったのにー。<神谷バー
余談ですが、地下鉄入口のところにあった地図には『神谷バア』って書いてありました。

…バア?

>いとしゅん氏
台東区は例外です。
あのペースで全部の区を満喫してたら、23区に23日かかるっての。

>かなぶん
どこの国の人が見ても「うんこ」に見えるわけやね。
生理現象は国境を越えるってことかー。

Posted by: たい | June 11, 2005 at 11:44 PM

Hello, after reading this remarkable article i am too delighted to share my know-how here with mates.

Posted by: Randell | July 11, 2015 at 09:39 PM

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