« 東京23区くじ引きツアー【7】 | Main | 東京23区くじ引きツアー【9】 »

東京23区くじ引きツアー【8】

登 場 人 物 紹 介

【高倉仮面】
今回のツアーの"加害者"にして"首謀者"。
北海道出身のためか、『水曜どうでしょう』に多大な影響を受け、今回のツアーを企画した。
『ハズレくじ』を引き続ける大阪兄弟に対し、首尾一貫して非情な言葉を吐き続ける。
格闘技の観戦記投稿サイト『KANSENKI.NET』のレギュラーライターという顔も持つ。

【吉田ナゴヤ】
今回のツアーの"加害者"側な…はずなのだが、疲れると急に"被害者"に成り変わる一面も。
また、都内の観光名所にはめっぽう強く、今回の観光案内担当でもあった。
チンドン屋見習いをやる傍ら、オリジナルTシャツ販売サイト『吉田ナゴヤ堂本舗』を営む。

【バカ長男】
今回のツアーの"被害者"その1。
喜怒哀楽がわかりやすく行動に出るタイプで、特に楽しいことがあるとスイッチが入ったかのようにテンションが跳ね上がり、喜びを全身で表す。
彼は今回、『道化師』と書いたキャップを街中で普通にかぶっていた。そこからもわかるぐらいのコテコテの関西人。

【アホ次男(ふじやん)】
今回のツアーの"被害者"その2。
東京組の理不尽な発言や観光地と言えない観光地に対し、愚痴やツッコミを連発する。しかし、反応はダウン気味でも実は内心喜んでいることが多い。
なんと、今回のツアーに触発されたのか、大阪24区を回り始めたとのウワサも?

【たい】
今回のツアーの"加害者"兼"マネージャー"。
派手な発言はあまりないが、このツアーをカタチにするべくそっと底辺を支える。
広島から東京まで青春18きっぷで16時間かけて帰ってきたことがあるなど、無駄に体力を遣うのは意外と平気らしい。


- * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * - * -

携帯にセットしたアラームの音が、けたたましく朝を告げる。
夢の世界へ引きずり込まれそうになりながらもなんとかアラームを止め、重たい頭と体を持ち上げるようにゆっくり起きあがった。

2005年5月4日、午前7時半のことである。

眠い。
とにかく、眠い。
しかも、前日の疲れがちっとも取れていない。
そのまま布団に潜り、二度寝して午後を迎えてやろうとどれだけ思ったことか。

だが、前日の夜に行われたこのやりとりが、それを許してはくれなかった。

23kuji38

たい「で、明日は?」
次男「上野に9時半!」
たい「なにーーっ!! ちょーっと、早すぎだって!!」
次男「アンタらが早く来いって言ったから、オレらめちゃくちゃ早起きして8時台の新幹線乗って東京まで出てきてるんだって!!」

だから、これ以上無茶なツアーに大阪兄弟を付き合わせるなら、付き合わせるアンタらもしっかり早起きしやがれ、というわけだ。
確かに、まぁごもっともな理由である。
寝ぼけ眼で身支度をして朝食を済ませ、のそのそと電車に乗り込む。
目指す先は、『台東区』の待ち合わせ場所、『JR上野駅』である。

というわけで、『東京23区くじ引きツアー』2日目、思わぬ形で大阪兄弟から"反撃"を喰らったところからスタートする。


23kuji39

JR上野駅、パンダ橋口改札前。
すこ───んと抜けるような青空の下、昨日の5人が集まった。
さわやかな朝の日射しとは対照的に、全員どんよりとくたびれた顔をしている。
だが、昨日は昨日、今日は今日だ。今日は昨日のようなひどいくじの引き方、ひどい観光はすまいと、決意を新たにする5人であった。

いきなりだが、ここで今日の"ババ"となる区の確認である。
当初、ツアーを始める前に想定していた"ババ"である『荒川区』と『足立区』は、恐ろしいことに昨日一日で両方とも引いてしまうという結果になった。そこで、新たに「これだけは絶対引くな!」という"ババ"をしっかりと認識しておく必要がでてきたのだ。
候補として挙がったのは、どこまでもひたすら住宅街な『練馬区』と『板橋区』の2つである。いいか、今日はとにかくこの2つだけは絶対に引くなと大阪兄弟に念を押す我々であったが、やはり引いてしまったときのことは想像しておかねばならない。
昨日の段階では、事前リサーチでの『練馬区』の名所は『石神井公園』程度しか選択肢がなかったのであるが、改めて調べ直した結果『練馬大根の碑』というものがあるらしいことが判明した。「あぁ、それはちょっと見てみたい気もするねぇ」と言う一同。ここに『練馬区』を引いたら即『練馬大根の碑』行きが確定する、という公式ができあがったのだった。

まぁ、まだくじを引きもしないうちから最悪の可能性ばかり考えていてもしょうがない。まずは『台東区』の観光をちゃんとしようじゃないか。
ということで、我々が選んだ集合写真の撮影場所は、『上野公園』の中にあるシンボル中のシンボル『西郷隆盛像』である。
改札を出てすぐの『パンダ橋』を渡り、上野公園へと向かった。

途中に何か墓のようなものが見えたが、無視してひたすら西郷さんを目指す我々一行。

次男「あの墓みたいのは何ですかね?」
吉田「イヤ、あれは関係ない。西郷さんじゃないから」

もうちょっと行くと、また墓のようなものが見えた。
それもまた無視してひたすら西郷さんを目指す我々一行。

次男「またなんか墓みたいのがあるんですけど…」
吉田「イヤ、あれは関係ない。西郷さんじゃないから」
次男「なんで世の中全て『西郷 or not』で考えるのよ!」

上野公園は、広い。
目にしたもの全てをじっくり見て、かつ上野公園全てをくまなく回りきるのであれば、それこそ半日は必要であろう。だから、西郷隆盛像に着くまでの間、極力無駄(=" not")は省かなくてはならなかったのである。

23kuji40

そんなこんなで、西郷隆盛像の前に到着である。
やはり、大物はひと味違う。朝の10時だというのに、「遠くから来ました!」といわんばかりの身なりの観光客や外国人がカメラを構え、西郷隆盛像をバックに写真を撮っている。

ここで、簡単ではあるが、「なぜ西郷隆盛像が『上野』にあるのか」ということについて触れてみようと思う。
そもそも、上野公園は徳川家の菩提寺である『寛永寺』の境内跡なんだそうだ。第15代将軍・徳川慶喜が大政奉還を行い、明治維新が起こった際、政権を朝廷に返還するのを反対した旧幕府軍と新政府軍との戦いが『戊辰戦争』である。そのとき、旧幕府軍の『彰義隊』が上野寛永寺を陣地として立てこもったが、大村益次郎率いる新政府軍の激しい攻撃により壊滅、寛永寺は大部分を焼失することとなった。(ちなみに、我々がスルーしたのはこの『彰義隊』の墓だったようである) その焼け野原となってしまった場所は陸軍用地や病院の建設予定地となっていたが、オランダの軍医で長崎医学校の教師であったボードワン博士が視察に訪れた折、西欧の例にならって公園にしてはどうかと進言したそうだ。そのおかげで明治6年に日本第1号の公園として一般公開され、今では美術館や博物館、動物園などが立ち並ぶ、都民だけでなく、日本国民の"憩いの場"となっている。
肝心な『西郷さん』であるが、大政奉還の折、主に勝海舟と西郷隆盛の働きにより、新政府軍は江戸城の無血開城に成功する。西郷隆盛は、江戸数百万人の命を救ったということで、新政府軍の"和平の立役者"として名を馳せることとなった。後に西南戦争により"朝敵"とみなされるも、死後にその功績と人柄をたたえる人が多く、明治天皇の特旨によって名誉回復の運びとなり、約3万3000人が寄付金を出し合って当時の東京でいちばん有名な場所であった上野に銅像を建てることになったそうだ。一緒にいる犬の名前は『ツン』。銅像の制作者は詩人で有名な高村光太郎の父、彫刻家の高村光雲。しかし、西郷隆盛は写真嫌いだったようで、あまり参考資料がないまま作ったら、西郷隆盛の奥さんから「うちの人はこげな人じゃなか」と文句がついたらしい、というオチまであるんだそうな。


…と、このような重要な歴史的事実を、僕は全くと言っていいほど知らないままこのツアーに臨んでいたんであるが。
とにかく、そんな有名な『上野の西郷さん』の前で、集合写真をパチリ。
そして、昨日から通算8回目の『儀式』である。


全員「これでー、台東区はー、制ー覇ー!!


さて、ここでいつものようにくじを…と茶封筒を取り出したんだが、台東区にはあまりにも観光名所が多いので、他の区に移動してしまうのはもったいないということになった。そして、せめて『アメ横』ぐらいは見ていこうよ、という結論に至った。

余談だが、上野公園には『駅へ近道』と書いた入口のようなものが何ヶ所か存在する。ストレートでわかりやすいんだが、もうちょっと入りやすいデザインや佇まいにしてもいいんではないかなぁ、と思ったりする。

23kuji41


公園出口の似顔絵描き屋さんの横を通過し、一路『アメ横』へ。
そこらじゅうで「いらっしゃい、安いよー!」の声が飛び交う、朝から非常に活気のある商店街だ。

23kuji42

アメ横、もとい『アメヤ横町』の歴史は上野公園よりは新しく、第二次大戦後に上野~御徒町駅間に多数のバラック店舗が建ち並び、闇市になったのが始まりだそうだ。食糧難の時代だったが、当時貴重品だったアメ菓子を売り出したら大ヒット、そこらじゅうがアメ菓子屋となったようである。その後、進駐軍から流れてきたアメリカの商品も取り扱うようになったことで、より『アメ横』という名前が定着するようになったとのこと。今では、年末になると年越しのための食材を買いに来る大勢の人でごった返す光景などがよくテレビなんかで見られる。

とまぁ、それなりに歴史はあるものの、結局は商店街である。
基本的には食材屋さんが多く、あたり一帯に乾物や魚なんかの磯臭さが立ちこめている。
ところどころに、こんな外人が勘違いして喜んで買いそうなTシャツを売っている店もあったりしたが。

23kuji44

しばらく歩いていると、店頭で焼きたてのメロンパンを売っている店を発見した。
東京メロンパン 焼栗屋』である。
さっきまでの磯の香りと違って、焼きたてのパンの甘くて香ばしい匂いがする。その匂いにつられてふらふらと店に引き寄せられていく我々5人。焼き上がり時間を見ると『10:00』と書いてある。
時計が指す時刻は『9:58』。とんでもなくナイスタイミングであった。

23kuji43

いそいそと1個買い、焼きたてで温かいメロンパンを口に運ぶ。
サクッ、という音がする。

…うまい。

表面のクッキー生地がカリカリサクサクなのに対し、中はふっくらもちもちとして程よい湿り気を帯びている。かじったところから、ほのかなバターの香りと甘い匂い、焼きたてのパンの匂いが入り交じり、鼻腔をくすぐる。
こんなにうまいメロンパンを、かつて食べたことがあっただろうか。
我々5人は、このとき、猛烈に感動していた。

高倉「芳醇かい?」
たい「滴るように…」
長男「いやぁー、こんなうまいの初めて食いましたよ! 東京来てよかったですわー!」

メロンパン1つ食べたいがためにわざわざ東京に来るかどうかはともかく、もうコンビニで二度とメロンパンが買えないぐらいに、とにかくあのメロンパンはうまかった。メロンパンがうまいうまいとしきりに全員で口にしていたら、気づけばアメ横をぐるりと1周し、アメ横観光が終わってしまっていたぐらいである。

さて、ここでいつものようにくじを…と、またもや茶封筒を取り出した。
しかし、先ほども書いたが、台東区にはあまりにも歴史的な観光名所が多い。商店街巡りや「ドリンク剤1本飲んでその区は制覇」などというひどいものではないが、『西郷さん』と『アメ横』だけで台東区を『制覇』と言い切ってしまうのは、あまりにももったいなさすぎるのである。
なぜなら、『浅草』という世界に名だたる観光名所がまだ残っているからだ。

吉田「浅草行っとく? 行っとかないと、まーた昨日みたいに後悔するよ?」
長男「いいですねぇ! 浅草、行っときましょ!」

長男くんは、早くもスイッチが入り始めていたようだった。
大阪兄弟に喜んでもらうのが、今回のツアーのいちばんのコンセプトである。となれば、我々にはもう浅草に行くしか選択肢がないのであった。

そうと決まれば、さっそく移動である。
地下鉄銀座線に乗り込み、一路『浅草』を目指す。

かくして、台東区観光は"延長戦"へと突入していくのである。


つづく。

|

« 東京23区くじ引きツアー【7】 | Main | 東京23区くじ引きツアー【9】 »

Comments

メロンパン、ウマそ~♪

それにしても前日とはうって変わって幸先が良いスタートって感じ^^

Posted by: いとしゅん | May 30, 2005 at 11:35 AM

やばいですょ、メロンパンloverなので萌え萌えでしゅ★
今度メロンパン食べに連れてってくらさい(笑)

2日目は東京観光っぽく始まって良い感じのにほいがします。

Posted by: えみ | June 02, 2005 at 09:38 PM

第9話、やっと書き終えました(苦笑)
続きを楽しみにして下さっている方、コメント下さっている方、遅くなってしまってゴメンナサイ。

>いとしゅん氏
いやぁ、ホントうまかったっす。メロンパン。

とりあえず…幸先は…ね…。

>えみちゃん
んじゃヒマなときにでもくじ引きなしで行きましょう(笑)

で、始まりはよい感じなんだけど…ね…。

Posted by: たい | June 04, 2005 at 11:27 PM

Post a comment



(Not displayed with comment.)




TrackBack

TrackBack URL for this entry:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/54071/4319496

Listed below are links to weblogs that reference 東京23区くじ引きツアー【8】:

« 東京23区くじ引きツアー【7】 | Main | 東京23区くじ引きツアー【9】 »