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ドアを開けるとそこは

会社の先輩と2人で昼食をとりに行ったのだが、普段行かないような"穴場"に行こう!ということになり、職場の近所を探索して回ることになった。
歩き始めてすぐ、先輩が「バイキング800円いっとく?」と言う。
知らないもんだから、当然「そんなとこあるんすか!?」と驚く。
たぶん、2人ともテンションがちょっと高かったんだと思う。

今思い返せば、いつもの日常と"違う"昼休みは、すでにこのときに始まっていたのである。


普段行く方向と反対側に足を踏み入れると、そこは完全に未知のエリアだった。
気がつけばあちこちに店があり、ランチや定食の看板を出している。
もう今の職場になって3年近くになるが、全く知らなかったのが不思議なぐらいだ。

 「ここなかなか渋い感じでしょ?」
 「へー、こんなとこもあったんですねぇ」

店の入り口をちらっと覗いてはこんなような他愛もない会話をするというようなことを繰り返しながらしばらく歩いていると、急に先輩が手書きの看板に引き寄せられるように近づいていく。慌てて小走りに後を追った。

 【家庭料理バイキング 800円】

あぁ、さっき先輩が言ってたのはこれのことか、と思ったのだが、どうも何かが引っかかる。
『 家 庭 料 理 』というところだ。
ふつう、バイキングといえば、和洋中選り取り見取りの一般的なランチバイキングを想像するだろう。中華のバイキングや、ケーキバイキングなんていうのを思い浮かべる人も多いんじゃないだろうか。
だが、ここは違う。あくまでも『 家 庭 料 理 』らしいのだ。

ふと店の看板に目をやると、『スナック ○○○』とある。
ドアの横には、「カラオケ教室 火曜日○時~」なんていう張り紙がしてある。

ここ来たことあるんですか?と先輩に訊くと、

 「ないよ?」

即答である。
しかし、先輩の興味はどうやらすでにこの店に向いていたようだった。
「どーする?行ってみる?やめとく?」と言いつつも、すでに片手をドアの取っ手にかけているではないか。

それじゃあ仕方ない。
意を決して、店の中に一歩足を踏み入れた。

 「いらっしゃいませー」

すまん

と、そのとき。
さっきまでものすごくテンションが高かった先輩の動きが、突如しばらく固まった。
その理由は、店内を見渡した瞬間、明らかになった。

まず、右側を見る。

薄暗い店内。
異様に低くて小さいテーブルに、革張りの丸い椅子。
壁側に座り、一人で静かに食事をしている中年のサラリーマンが2人。
静かに流れる、1時のニュースを読み上げるアナウンサーの声。

そして、自分たちを挟んで反対の左側を見る。

4席ぐらいのカウンターに並べられていたのは、おおよそ『バイキング』という言葉からは程遠いぐらい少ない品数の、文字通りの『家庭料理』
とどめは、それを切り盛りする、きっと夜はその店の「ママ」になるであろう、小太りのおばちゃんであった。

その異様な雰囲気を一言で形容するならば、まさに『異世界』といったところだろうか。
昼のスナックというのはこういうものなのか。ものすごい業態である。

しかし、そのまま引き下がるわけにもいかない。
正直わけがわからないまま、目の前にあった肉団子やれんこんの胡麻和えやサラダやらを皿に取っていると、おばちゃんが急に話しかけてきた。

 「ごはん、ふつうのとカレーどっちにします?」

勝手もわからず戸惑っているのに、さらに突然そんな選択を迫られてしまったのである。
内心、ものすごく焦った。
おばちゃんはマイペースに「あら、サラダなくなっちゃったワ」なんて言いながらパタパタと動き回っている。

だが、少し冷静になって考えてみた。あくまでもここには外食しに来ていて、バイキング800円というランチタイムメニューのものをこれから食べるんだ。ここでもし「ふつうのごはん」と言ったなら、ふつうに自分の実家で食事をしているのと何ら変わらなくなってしまうんじゃないか?と。
そう考えたら、迷うまでもなかった。

 「カレーで」

かろうじて、ギリギリの一線は死守したのであった。

とりあえず全部の品を取り終え、先輩と2人でトレイをテーブルに置くと、なんとテーブルが小さすぎてトレイがはみ出るのだ。それもそのはず、テーブルと椅子はあくまでも「スナック」としての役目を果たすためのものであり、ランチのトレイが置けるサイズにはなっていないのである。

冷静さを装いつつ、食事を始める我々2人。
しかし、店内はというと「相変わらず」な雰囲気である。
先輩とは普段げたげた笑いながらくだらない芸能トークなんかをしているんであるが、もしそこでいつもの調子で話を始めようものなら、店中が我々の下世話な大声で溢れかえってしまったであろう。
仕方なく、テレビの音より小さな声でぼそぼそと話をしては、無言でカレーのスプーンを口に運び続けた。

壁際で食後のコーヒーをすすっていた中年のサラリーマンは気がつけば別の年配のサラリーマンに入れ替わり、
静かに流れるアナウンサーの声は、いつしか「スタジオパークからこんにちは」の司会者の声に変わっていた。

僕が最後の一口を食べ終わると、先輩が「行こうか」と言う。
無言で頷き、会計を済ませておばちゃんにごちそうさまと告げ、店を出た。


十字路を一つ分ぐらい歩いたところだっただろうか。
どちらからともなくぽつぽつしゃべり始めた。

 「まぁ、そこそこおいしかった…んじゃない? 肉団子とか…さ…」
 「そうですね~、『素朴な家庭料理』って感じで…」
 「……」
 「……」
 「…なんか、やたらと漬け物多くなかった?」
 「多かったですよね!?…あと、やっぱけっこうしょっぱくなかったですか?肉団子とか」
 「……ひっひっひ、しょっぱかった! けっこ───しょっぱかった!!」
 「だっはっは!! いやぁー、今の店、別の意味でしょっぱくなかったですか!?」
 「しょっぱいしょっぱい!! 二重の意味でしょっぱい!! ひゃっはっはっは!!」

気がつけば二人で大爆笑であった。
いや、大爆笑するしか術がなかったのかもしれない。
だって、あの雰囲気は、我々にとっては明らかに『敷居が高すぎた』のだから。

結局、結論としては店の選択は間違いなく失敗だったが、「年に1回ぐらいは食べに行って、店を出た後に『あぁー、やっぱ入るんじゃなかった!!』って笑いながら話のネタにしたいよね」ということになった。


たまには、普段入らない店に入ってみるというのも乙なものである。
ひょっとしたら、何かとんでもない世界があなたを待ち受けているのかもしれない。

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Comments

まさに「あなたの知らない世界」!!!
あたしも実は同じような経験アリです(笑)
前渋谷で仕事してた時に普段行かない方に冒険しに行って「カレーとワインの美味しいお店」&「携帯電話使えます」の看板が掛かったお店に入ったんですよ。
軽く階段下りていくと入り口発見。
半地下だから携帯使えるよって意味だったんだ・・・とか先輩と小声で話しつつ、チリ~ン。
あぁ、なんか不思議な空気・・・。
スナックみたいな造りだけど、なんか違うような。
ってゆうか、ランチメニューにカレー無いし!!!あたし何故かパスタを食べていました。
雰囲気に耐え切れず、食べ終わったら速攻で出てしまいました。そしてスタバえ避難、反省会(笑)
でも、たまにはネタとしておもしろいかもです(・w・)

Posted by: えみ | April 06, 2005 at 03:09 PM

昼はラーメン、夜はスナックって店なら
ラーメン美味しいんだけど、"あの"雰囲気だからねぇ^^;
雑誌とかにも載ってそれなりに繁盛してるけど
やっぱ入りづらいかも。。。

でもって、話し声は小声になるなる

Posted by: いとしゅん | April 06, 2005 at 11:04 PM

>えみちゃん
美味しすぎてカレー売り切れだったんじゃないの?(笑)
しっかし、昨日そういう店に入って思ったんだけど、
おいしいのは料理じゃなくてその雰囲気が話のネタにできることだってのを痛感したねー('-';)

>いとしゅんさん
昼にラーメンん…!?
そんなスナックもあるんですか…世の中奥が深い…

なんか、会社の人が誰も来なさそうだから
管理職以上の人が隠れ家的に使ってるってイメージだったかなぁ。
平社員のあっしには入りづらくて入りづらくて。。

Posted by: たい | April 07, 2005 at 02:41 AM

すげーなあ。
でもバイキングって普通いろいろ料理あって好きなやつを取りにいくんじゃねーの?2択じゃんよ。
肉団子しょっぱいのには受けた。

Posted by: くぼっち | April 07, 2005 at 04:30 AM

うん、二択ほどひどくないんだけど、三択ぐらいだったわ。
実はもうちょっと多択なはずだったんだけど、ほとんどが漬け物という罠…

Posted by: たい | April 08, 2005 at 01:11 AM

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